PJB/Phil Jones Bassはベースアンプのクオリティーとパフォーマンスを追求する新しい会社です。下記は私のバックグラウンドとPJBが始まった経緯です。
13才の時に初めてベースを弾き、35年以上に渡ってエレクトリック・ベースを愛し続けて来ました。ジミ・ヘンドリックスとモータウンの時代です。モータウンの偉大で伝説的なベースプレーヤー、ジェームス・ジェマーソンに非常に影響を受けベースプレーヤーになろうと思いました。最初はそうたやすくはありませんでした。必要な機会がある時は借りていたのですが、それも難しくなり、ついに自分でベースとアンプを作ることになりました。そこでベースの構造やアンプの電気的な仕組み、スピーカーはどのような仕組みになっているのか等、できる限りのことを全て独学で学びました。その情熱がその後、6カ国で生活をし、働くことになるとは全く知るよしもありませんでした。
1970年初期に電気を専攻していた大学を卒業後、ウェールズのカーディフにあるウェルシュ音楽大学に進みました。そこは音楽に関しては非常に保守的で、ベースギターは本当の楽器とは見なしていませんでした。そこでクラシカルスタイルのベースをアーネストC.ハイ氏に教わりました。(ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラの第一ベーシスト)その傍ら、授業料を払うため、ロック、R&BやジャズのグループでナイトクラブやBBCテレビのスタジオでの仕事をしていました。
いつも苦々しく思っていたのは、その当時最先端とされたベースやアンプはいつも自分の思っているサウンドではなかったことでした。それから私の理想とする素晴らしいベーストーンを探し始めることが始まりました。
オーディオ界の真のパイオニアである故レジナルド・ソロモン氏から多くのことを学びました。彼はほんどの彼の生涯をウエスタンエレクトリック社で働いた映画界のサウンドエンジニアです。(プロサウンドと言う概念はウエスタンエレクトリック社が始めたものです)この様な研究と経験を通し、当時映画用の巨大なホーンスピーカーを制作しているヴァイタボックスでプロサウンド・エンジニアとしての最初の職につきました。頭にあるのは常に2つのことで、ベースを弾くこととそのサウンドで、その頃は自分のスタジオ用に色々な録音機材やモニター・スピーカーを製作しました。これが後にアコースティック・エナジー社に発展したのです。(AE1は現在ではハイファイの進化とレコード業界における画期的なスピーカーとして、有名なジャズ・レーベルであるGRPレコードが使用し、後にアビーロード・スタジオでも使用されました)
1990年にはアメリカに渡り、ニューイングランドのボストン・アコスティックスで短期間在籍し、リンフィールド・シリーズというスピーカーをデザインしました。1994年には高価な家庭用ハイファイ・スピーカーとスタジオ・モニターを製作するプラチナム・オーディオを設立し、当時としては世界で最も高価(ペアで175,000ドル!)で巨大な『エアパルス』というスピーカーシステムを製作。この『エアパルス』は日本オーディオ協会から100年にわたるスピーカーの歴史で最高、と絶賛されました。
1998年にはPJBの親会社であるアメリカン・アコースティック・デベロップメント(AAD)を設立。AADは9,260平方メートルの敷地、150人以上の社員からなり、家庭用、カーオーディオ用、プロオーディオ用スピーカーとアンプのデザイン・製造・マーケティング会社です。全てのPJB製品は私の監修の下、プライドと情熱を持ってAAD工場で製造されています。
私は35年経って、私の初恋に戻ってきました。長く険しい道のりで、手痛い教訓もたくさん学びました。私は、ベースの世界に私の情熱とサウンド・エンジニアとしての経験の全てを注いだ、新しい製品をPJB/Phil
Jones Bassとして送り出すことにしました。 ベーシスト達に最高のクオリティー、価値、サービスを提供することを目的としています。
Phil Jones (フィル・ジョーンズ)
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